「バイオビジネスの現状と将来の展望」
    
講師: 軽部 征夫氏 東京大学 国際・産学共同研究センター センター長

本文内容

 はじめに

 せっかくの機会ですので、このセンターの説明を少しさせていただきます。お手元のパンフレットをご覧いただきたいのですが、このセンターは東京大学の附属機関です。このキャンパスは昭和10年に作られた航空研究所が元になっています。科学技術庁でも宇宙科学研究所でも、今日本で打ち上げているロケットはほとんどここの出身者が作っています。もちろん戦前の主な飛行機は皆、ここで作りました。あそこの真ん中にグランドのようなところが見えます。ここで先の戦争の末期に糸川先生が紫電改を設計したり、桜花というロケットエンジンを噴射させました。その意味では、戦前は非常に軍に貢献しました。
 航研機という無着陸世界記録を作った、有名な飛行機があります。1号機が残念ながらインド洋上で行方不明になったのですが、これは航空工学の粋を集めて作ったものです。当時としては非常に珍しいのですが、脚が引っ込む。コックピットも、飛び立った後しまってしまう。胴体にも翼の中にも、航空機燃料を積んで飛びました。本当は中国大陸で世界記録を作りたかったのですが、戦況が厳しくなってきたため、木更津のあたりと横須賀に三角点を結びまして、新記録を作ったのは有名です。
 立花隆さんと一緒に東京大学探検団を作って、この中を調べたのですが、古い建物の中に当時の旋盤が残っています。ミクロオーダーの加工のできるようなホイットニーの旋盤とか、いろいろなものがありました。これがこのセンターの前身です。寺田寅彦先生とか、田中舘愛橘(たなかだて・あいきつ)先生がここを作られました。
 航空研究所は元々蔵前にあったのですが、関東大震災で全部焼けてしまい、この地に移ってきました。日本の航空機開発を背負ってきたのが、この研究所の前身です。
 しかし、航空研究はまかりならんというGHQの指示で、航空研は戦後、総合研究所になります。その後、再び航空宇宙研究所になり、宇宙科学研究所になるわけです。ロケット一発を上げますと、何百億円とかかります。これを文部省の予算枠で取りますと、高等局の予算の10%ぐらいを東京大学が使う形になります。また、東京大学には海洋研究所もありまして船を持ってますし、北海道から九州まで演習林も沢山ありまして、ものすごくお金を使う大学です。そのため、大きいところは全部分離するという政策が一貫して取られてまいります。
 その1番大きな金食い虫だった宇宙科学研究所が相模原に移転して、文部省の独立研究所として、東京大学とは切れています。ただし、先生方は東京大学に来て教えています。学生は宇宙研究所にも行っており、独立したとはいえ、航空工学科との連携は今でも取っています。そもそも宇宙研がここを離れるとき、東京大学の先生方の半分が、東京大学の籍を離れたくないということで残りました。この人達が中心になってできたのが、この先端科学技術研究センターです。それから、向こう側の大きな建物が戦前の第二工学部、日本の産業振興と富国強兵のために作られた第二工学部です。かつて今の千葉大学工学部のあたりにありました。それが戦後、生産技術研究所となり、2.26事件が起きたときにニ師(第二師団)が出たという、六本木近衛部隊の兵舎跡に移ってきました。そこが再開発されて科学博物館・美術館等ができるということで、さらにこちらに移ってきました。生産技術研究所は100人ぐらい、先端研の方は大体50人の教官がいます。ですから、両方を合わせますと 150人ぐらいで、ほぼ法学部に匹敵する数の教官がここにいます。
 ここは駒場2キャンパスと言います。東京大学の方針は、理工系の研究所をここに集める。その1番大きいのが生産技術研究所であり、次に大きいのが先端研です。第二工学部はご存じのように相当な人材を輩出し、日本の技術発展に寄与しました。特に戦後の生産技術に大きく貢献しました。第二工学部がここに来る理由を考えまして、先端研と生産研が産学共同を大々的にやるためにこういうセットを作った、これがブリッジすることによって生産研がここに入ってくる意味があるというシナリオを作りました。それでできましたのがこの国際・産学共同研究センターです。今、後ろで工事中ですが、これが2,500u、この裏が2,500u、それからこちら側にベンチャー企業のインキュベーター施設として5,000uを下さいと概算要求を出しています。全体で10,000uぐらいの構想になる。実は、国際・産学共同研究センターの字の真中の中丸が非常に意味がありまして、先端研は国際共同研究をやる。国際というのは先端研から持ってきたわけです。生産技術研究所はもちろん産学共同研究をやりたいということで両方が合併したわけで、この中丸は譲れないということです。私は2代目のセンター長でして、1999年4月からこのセンターを引き受けました。最初は、何か大きなプロジェクトを立ち上げろという話もあったものですから、通産省にお話をしまして、バイオのプロジェクトを2つ立ち上げました。1つは大学連携のプロジェクトで、プロテオームチップを作る。体の中で作られる蛋白質がどのようなもので、どんな作用をしているかを調べるプロジェクトです。
 もう1つは、環境関係でダイオキシンを簡単に検出するセンサーを作りたい、エコモニタリングというプロジェクトを提案しまして、見事に2つのナショナルプロジェクトがスタートしました。
 次に、データベースを作ろうと考えました。今はIT時代ですが、ITというのは日本でいうようなインターネットで何かするのがITではなくて、要はデータベースをきちんと作って、そのデータベースをネットで結んで活用して、ビジネスしていくというのが基本的なIT革命です。そのために情報提供のためのネットワークを作ろう。と、申しますのは、私は産業界の方々とよくお会いするのですが、産学連携をお願いしますと申し上げると、それはいいんだけど、大学の中が見えない、誰が何をやっているのか、何のテーマならどの先生が共同研究に応じてくれるかわかるようにして欲しいというお話をよく頂きます。それでは、とにかく先生方が持っている産学共同研究のためのデータを公開しよう。そのためのデータベースを作ろうということになりました。これが私の第2弾の仕事であります。しかし人材がいない。ここには8人の教授と客員教授が11人います。産学連携に関わる組織としては日本で1番大きな組織です。しかし8人の専任の教授は皆自分で研究をやっていますから、データベースを作るためにいろいろ仕事をしてくださいということはまず考えられない。次に、客員教授はほとんどの人が企業から来ていて技術開発に経験があるから、この人達にフルに働いてもらおうと考えた。でも、やはり書いたり、レポートを作ったりする若い人達が要る。それで企業から人を派遣してもらおうかと考えたのです。しかし、そうするといち早くその企業に情報が漏れてしまうのではないか。それでは安心なのはどこだといったら、通産省技術総括審議官だった中島邦雄さんが、それは地方公共団体がいいよというわけです。私が顧問をしている県が6、7県あったものですから、人を出してください、その代わりに講義をしたりトレーニングをしたり、1年間ばっちりとテクノロジー・マネージャーとしての能力を付けさせますからとお願いしたら、それは面白いから出そうと、今6人ばかり地方公共団体から来ております。それをテクノロジー・リエゾン・フェローと通常呼んでいるのですが、そういう人達をここで教育しながら、インタビューを一緒に付き合う。インタビュー方式でデータベースを作ろうと考えたのです。東京大学の先生は雑用が多いのです。私もものすごく雑用が多くて、飛び回っているのです。今は政府関係の委員を、40ぐらいやらされています。ですから、アンケートで先生のテーマをプロポーズしてくれと言ったって、恐らく文献を切り張りするぐらいです。送ってくれる人も工学部だったら10人といないでしょう。それでインタビュー方式にしたのです。とにかく1時間、時間を取って欲しい。その間に話を聞いて、産学共同に魅力的なものをデータベース化するという方法でやりました。
 インターネットのデータベースをご覧になっていない方は、後で見ていただきたいのですが、ここはCCR U−Tokyoというウェブサイトで、東京大学の先生方のデータベースです。とりあえず200件の産学共同研究用のプロポーザルがあります。このうちの3分の1については、公開するとすぐに共同研究をやりたいと複数の企業がアクセスをしてきています。また2001年2月には、さらに200件以上を公開します。こうして、東京大学の先生方の産学共同研究をプロポーザルするデータベースを作りました。これに約1年かかりました。ようやく2000年11月に、7ヶ月ぶりにデータベースの一部を公開しました。東京大学には理工系の先生が1,700人います。われわれの目標としては、2,000件のデータベースを作りたい。各先生に少なくとも1件は提供してもらいたいと考えています。実は、大学の技術を移転する機関が大学の中に続々と設立されています。TLOと言います。テクノロジー・ライセンシング・オーガニゼーションと言います。98年に大学等技術移転促進法という法律ができました。大学の中に技術移転の機関を作っても良い。それは株式会社でも良いし、財団でも良いということで、17の技術移転機関が出来上がりました。10カ月かかりましたが、これを全部集めてTLO協議会を作り上げました。事務局は東京工業大学にあり、内藤学長が会長で、私自身も副会長をやっております。全国のTLOを1つに束ねて、活動を始めております。政府に対して技術移転のためにこういう施策を講じて欲しいとプロポーザルを出しております。
 こうして3つ目の仕事は、TLO協議会を作りました。少なくとも、大学から民間に技術が流れやすくする道は作りました。
 これが国際・産学共同研究センターであります。次期センター長もこの間決まりました。次期センター長はエコマテリアルの専門家です。その意味では、環境関係の仕事がまた1つここのメッカになるかもしれません。いずれにいたしましても、ここは東京大学の営業部隊という位置付けで仕事をしております。2003年には、大学はエージェンシー化(独立行政法人化)をしなければいけません。法人格になるわけです。国家から切り離されることになりますので、当然われわれのセンターがそのつなぎの役割を果たすだろうと予測をしております。

バイオインダストリーの現状

 それでは、本論に入って、バイオテクノロジーについてお話をします。次いでバイオビジネスの可能性についてお話します。
 まず、バイオテクノロジーに関する日米の技術比較をします。産業競争力会議に政府資料として出された数字です。このソースは未来工学研究所が出したもので、科学と経済の会も関連しています。バイオテクノロジーの分野をみますと、日本側で評価したものでは、米国の方が少々優位となっています。米国側が評価したものをみると、これも少々アメリカが優位です。アメリカ側は少し細かく分けてあります。医療技術も少々アメリカが優位、それから食品も少々アメリカが優位です。それから人間システムはかなりアメリカが優位です。全体として、アメリカが少々優位。実は、この少々はどのくらい優位なのかということですが、大体5年〜10年ぐらいの差です。
 どうしてそんなに差が開いているかというのを細かくみていきます。市場の規模ですが、日本のバイオ市場は1兆円を少し超えたぐらいです。アメリカは97年に120億ドル。その後 340億ドルに伸びています。ですから、12兆円から34兆円ぐらいです。
 成長率でみますと、日本のバイオの場合には16%ぐらいの年間成長率となっていますが、アメリカは19%から20%ぐらいの成長率です。分野別にみると、日本は医薬品が39%ぐらいでほかに化学がかなりあったり、農林水産があったりしますが、欧米では66%ぐらいが医薬品と医療分野です。ヨーロッパもヘルスケアが大半を占めます。それ以外に化学がありますが、これは酵素を使った洗剤のほかアミノ酸などです。農林水産は日本では結構高い割合ですが、外国ではそんなに高くない。食品添加物が、ヨーロッパでは日米よりも大きい比率です。
 バイオ関連の大企業は、日本では260社、今はこれより少し減っているような気がします。アメリカでは800社。ヨーロッパで540社。それからベンチャー企業は日本はせいぜい60社。アメリカは1,300社。ヨーロッパは大体700社。最近の数字によると、ヨーロッパも 1,000社を超えたという統計も出ています。
 そこで雇用されている雇用者は日本が3万人。アメリカが15万人。この15万人は大企業ではなくて、ほとんどベンチャー企業に雇用されている人達です。ヨーロッパが約3万人。
 特許に関わる弁理士の数は、アメリカが約2万人います。弁理士といいましても、アメリカは法律家です。日本の場合には弁理士が4千人ぐらいいます。
 それからDNAの解析をした比率はどれくらいというと、日本が1割です。厳密に言うと、1割もやっていません。アメリカの科学者に言わせると7%しかやってないそうです。全世界の5割以上がアメリカです。イギリスが3割ぐらいやっております。イギリスとアメリカは戦略的に非常に力を入れています。
 それから微生物等の遺伝子資源の保存が、アメリカが10万に対して、日本が1万1千ぐらい。そういう意味でアメリカは遺伝子資源も圧倒的優位にあります。日本の10倍ぐらいある。植物の遺伝子資源も日本の倍以上あります。
 それから、バイオ分野で学士を取った人は、日本で約1,870人。アメリカは6万人ぐらいいます。修士がやはり倍ぐらい。博士は大体20倍ぐらい。アメリカはこの分野の専門家が多いということです。
 それから研究者数でアメリカは30万人ぐらい。それに対して日本は約1万3千人。アメリカのこの数は学位を持っている人の数ですが、日本の場合は修士課程とか研究者の数全部が入っていますから、内容的にはアメリカの方が圧倒的に研究者のレベルが高いことになります。アメリカの場合ははっきりしていて、博士号を持っていないとリサーチャーではないという風土があります。ただ、博士号を取るのは日本のように難しくありません。大学院に入れば、博士号は大体取れます。
 我が国のバイオに対する投資が、98年のデータですが、大体5千億円ぐらいです。政府の負担率がこのうちの35%ぐらいです。アメリカは大体その4倍と思っていただければいいのですが、2兆円ぐらいのバイオ投資がある。そのうちの50%、1兆円は政府が拠出している。日本の政府は通産省などを通して、大分研究費を出しているように見えるのですが、アメリカの方が研究費の政府負担割合は高いのです。日本は政府の研究開発支援費は全分野の研究開発費の6%ぐらいしか出していませんが、アメリカの場合ですと36%ぐらい、すなわちアメリカでは、3分の1以上が政府の負担金によって民間企業の研究開発が行われているというデータも別にあります。
 大学でのライフサイエンス研究費の政府負担研究費の比率は、日本では40%ぐらいが科学研究費で貰っていますが、アメリカの場合には、約60%ある。こういう数値を突き付けられると、自ずから、先程の少々というのがどのぐらいの違いなのかというのがはっきりするわけです。かなりアメリカに負け込んでいるというのが、正直な言い方だと思います。

ゲノム

 ベンチャーの話は後でいたします。その前にどんな分野がカレントなのかというのを簡単にお話したいと思います。ご存じのように、ヒトのゲノムは4つの塩基の文字で書かれています。風邪で感染するインフルエンザウイルスの遺伝子の暗号数は、A4の紙で7ページ程です。1番小さなウイルスは300塩基程度で、びっしりとシングルで打ってA4版1枚分ぐらいになります。われわれのおなかの中にいる大腸菌ですと、ウイルスに比べて暗号が多くなります。ここにありますA4の1,000ページぐらいの本1冊分の文字で書かれている。われわれの体を作っている、ワンセットの遺伝子の暗号をゲノムと言います。ヒトのゲノムですと32億の塩基対があるということです。1,000ページの本が図書室いっぱいに入っているぐらいの文字列です。
 われわれがばい菌と言っているものに比べて、はるかにヒトのゲノムは数が多い。しかし、数が多ければ多いほど高度なのかというと、必ずしもそうではないのです。人間よりユリの花の遺伝子の方が塩基の数が多かったりする。あるいは池に泳いでいる鯉など、人間の遺伝子よりも多くの文字で書かれている。要は文字の内容がどうかという話になります。
 ヒトのゲノムは3万個ぐらいあると言われています。皆さんの体は大体3万個の部品からできています。ただし、その部品のうちしょっちゅう働いているものは幾つぐらいあるかと言うと、実は皆さんの体の中で1万〜2万ぐらいしかありません。残りの1万〜2万個は働いてないのです。ただ一生の間にはいずれ働くものが3万個ある。3万個の部品からできているものというと、皆さんどんなものを考えられますか。皆さんが乗る自動車、あれは1万数千の部品からできています。だから車3台分の部品が、一生の間に使われる。そんなふうに覚えていただくといいわけです。それが32億の文字を使って書かれているということです。
 この遺伝子の上に書かれている暗号はどうなっているのか。遺伝子は、アデニン、グアニン、チミン、シトシンという4つの塩基の文字で書かれている。この文字は2本の紐についている。アデニンとチミンという暗号は先端がぴったり合いますから、お互いにくっ付いてしまう。結合ができて2本が離れない。2本の暗号の紐を持った生物が、たまたま35億年にわたって、この地球上で生きてこれた。だから、元々は1本の遺伝子を持った生物もいたかもしれませんし、RNAというこれのコピーに相当するような1本の鎖を持った生物もいたのかもわかりませんが、35億年の間に皆淘汰されてしまう。
 なぜ2本の紐を持っているものが生き残ったか。アデニンはチミンと、グアニンはシトシンと結合します。ということは、片方の紐の上に書いてある紐の暗号が決まれば、反対側のコピーの暗号も決まります。なぜこんなことになっているかというと、遺伝子は簡単に切れてしまうのです。皆さんも紫外線に当たりますと、遺伝子が傷ついてガンになるおそれがあります。メラニン色素が誘導されて、紫外線の効果が減じます。日本人はメラニン色素に守られて紫外線に強いのですが、コーカサス系の欧米人は紫外線に非常に弱いのです。ですからオゾン層のホールの面積が1.5%広がると、皮膚ガンになる人が1万5千人増えます。非常に恐ろしい話でして、紫外線ですら簡単に遺伝子が切れるわけですが、皆さんの周りの道路なんて発ガン物質だらけです。それから皆さんが食べる食事の中にも、例えば焦げたものには発ガン物質が入ってきます。あるいは、好きな人もいらっしゃると思いますが、干物には世界最強の発ガン物質アフラトキシンが付いています。だから干物を食べるときには、これで命が3分短くなったなと思わないといけない。放置が長いと、そういう細菌が付いてアフラトキシンを出すのです。また、焼け焦げにはベンツピレンという発ガン物質が含まれています。コーヒーだって疑われているぐらいです。コーヒーに含まれるカフェインはどうやら人間にはセーフらしいのですが、微生物には変異を起こしてしまうのです。小さな生物には変異を起こすということです。そのぐらいわれわれの周りは発ガン物質だらけです。
 ところが、われわれがそう簡単にガンにならないのは、ダビングテープが一緒にあるからです。紐は簡単に切れてしまうのですが、すぐ反対側のコピーがありますから、修復されるわけです。非常にうまくできているわけです。それがだんだん修復できなくなると、65歳ぐらいからガン年齢に入ることになります。修復能力が落ちてきて、体を守る能力が落ちてくるのです。
 この塩基の暗号が3つで1つのアミノ酸を決める。アミノ酸がいっぱい付いたのが、われわれのこの皮膚とか体を作っている蛋白質です。要は、3つの暗号でアミノ酸を指定しながら、どんなアミノ酸を繋げて、どんな蛋白質を作りなさいということが暗号で書かれているのです。3万個の暗号が二重らせんの上に乗っているというのはそういう意味です。35億年かかってここまで進化してきた生物が、どういうメカニズムで作られて、遺伝情報が指令を出しているのがわかったのは、たったここ40年間です。1960年以降、急速に解明が進みました。そして20世紀最後の年は、生命の最も基本的な謎がわかった画期的な年です。その意味でバイオテクノロジーが騒がれる意味があるわけです。
 そこにある木でも、あるいは飛んでいる昆虫でも皆AGTCという同じ暗号をもっています。その配列については、蝿でも大体80%が人間と遺伝子が一致しているのではないかと言われています。ちなみに上野の猿山に行って、猿を見てください。まあ人間と同じような行動をしています。あれで何%違っているか。恐らく1.5%とは違っていないでしょう。ほとんど皆さんと遺伝子は同じです。
 鼠だって遺伝的にみますと人間にすごく近いわけです。というのは、全遺伝子の90%は何も意味してないわけです。僅か3万個だけが意味しているわけで、その3万個が非常に似たものからできているのです。鼠とわれわれはほとんど同じだ、猿とわれわれはほとんど同じだという意味はここにあるわけです。犬だって恐らく人間に相当に近い筈です。このようにほとんど遺伝子は同じだと考えると、動物愛護のマインドができてくるかもわかりませんね。欧米で最近、動物愛護の動きが非常に強くなってきているのも、ほとんどわれわれと同じ遺伝子を持った生物だという遺伝的な解析の結果からです。

遺伝子組み換え

 そうすると当然、遺伝子が同じだから遺伝子の交換ができるのではないかという話が出てきます。遺伝子を切ったり張ったりしようということです。1970年代にこういう遺伝子組み換え技術が登場します。ボイヤーとコーエンという人が、遺伝子組み換えの特許を申請する。その特許に基づいて、10何年にわたってスタンフォード大学に毎年約30億円が特許収入として入ってくることになりました。すでにこのときから、膨大なマーケットが将来できるぞということが予測されたわけです。ただ残念ながら、彼らも海外特許までは取らなかったのです。
 ボイヤーらが行った遺伝子組み換え技術の特許の中味は、遺伝子を切る鋏と遺伝子をくっ付ける糊、そして遺伝子の運び屋を見付けたことです。これを遺伝子組み換えの3種の神器と言うのです。例えば成長ホルモンの遺伝子を大腸菌の中に組み込むと、大腸菌が人間の成長ホルモンをどんどん作るようになる。こういう技術を基本的に考えたわけです。これからわかるように、この分野は一発当てますと膨大なマーケットができてくる。特にバイオベンチャーの場合には広大なのです。私の友達が大成功して、自分の作ったベンチャー企業を高額でロッシュという会社に売りました。悠々自適となり、俺は一生の間にいくらお金を使っても使い切れないと言っています。そう言いながらも1週間後には別の会社を興してるのですから、一発当てるというのは面白くてしょうがないのですね。これは後でお話するアメリカのベンチャーはいかにスタートアップするかという話に繋がってくるわけです。技術そのものが市場を産むということです。こういう分野の特許がいかに大切かということがわかります。
 こういう遺伝子組み換えで、われわれの体の中で作られているいろんなホルモンを作り出します。これがバイオ薬品というもので、バイオテクノロジーのブームに火を付けた。人のインスリン、先程言った成長ホルモン、インターフェロン、これは免疫関連物質です。エリスロポエチンは血液増強をする増殖因子です。顆粒球コロニー刺激因子もそうです。インターロイキンは免疫関係で、血液凝固第[因子。それからティッシュ・プラスミノーゲンアクチベーター、これも血液溶解に関係する酵素です。グルカゴンは糖尿病に関係する。それから利尿ペプチド。これは皆遺伝子組み換えですが、このマーケットが今4千億円を超えています。どんどんマーケットが広がってきます。
 そして、とうとう洗剤までこのバイオテクノロジーで作られる時代がやってまいりました。洗剤の市場規模は98年の時点で2千億円ぐらい、今は恐らく3千億円を超えていると思います。今の洗剤は小さなスプーンに少し入れて使用します。昔の洗剤は大きなコップ1杯どさっと入れていたのですが、今は昔のように界面活性剤で揉み洗いするのではなくて、酵素が汚れを分解しているわけです。これがどんどん伸びていく。
 それから、組み換え植物があります。これもどんどん大きなマーケットになってきております。 98年で500億円です。現在はもう1千億円を超えているでしょう。

遺伝子情報解析

 2000年1月にはセレーラジェノミクスというベンチャー企業が90%の遺伝子を読み出したと新聞が報道します。これは元々アメリカ国立衛生研究所(NIH)にいた遺伝子組み換えの専門家が、スピンアウトして作った会社です。彼は専門家だといって、製薬会社がどっと出資をしまして、セレーラジェノミクスという会社を作りました。遺伝子の解析は、日本、アメリカとヨーロッパの3極構造でやっています。ヨーロッパはイギリス、フランス、ドイツがやっています。そこに日本とアメリカを合わせて5カ国が独占してやっているわけです。
 ところが、政府がやっているにも関わらず、こういうベンチャー企業が先に解読を終えたのはなぜか。ベンチャー企業はこういう遺伝子を解析する機械を何百台と買って、それで24時間解析しっぱなしにするわけです。政府の分析機は9時にならないとオンにならない。5時になるとオフになる。解析するスピードが違う。3倍のスピードでいくわけです。ベンチャーが国家事業に先駆けて解析を終えてしまった。

バイオインフォマティクス

 これは当然、特許競争になります。セレーラジェノミクス社はどんどん特許を申請している。政府がもたもたしている間に特許を押さえてしまう。これが現在最も懸念されていることです。すでに、アメリカで遺伝子の切れ端で特許が認められてしまった。インサイトというベンチャー企業です。そうなるとバイオはものではなくてインフォメーションになる。バイオインフォマティクスです。アメリカはもうほとんどのベンチャー企業はバイオインフォマティクスを目指しています。ヒトのゲノムを読み意味を解釈して、医療などに利用するのがバイオインフォマティクスです。生命情報科学と訳されます。ゲノム情報を使った医療・教育とか、これはちょっと言いにくいのですが、遺伝子組み替えによる能力向上とか、そういうことをやろうということです。

オーダーメード医療

 それが何に1番影響を与えるかというと、これは間違いなく医療です。医療への応用はものすごいマーケットを生み、病気を起こす仕組みが遺伝子からわかる。同じ診断名や類似の病状の病気でも背景となる仕組みの違いが明らかとなり、それらの違いを考慮に入れた薬剤の使い分けなどの医療の個別化、オーダーメード化が起こる。すなわちその患者に合った最も相応しい薬を最も相応しい量だけ与える、その患者にとって副作用がなるべくないものを与える。こういうことが行われるようになります。こういうオーダーメードの医療の根拠になるのは、スニップ(SNP:一塩基多型)と呼ばれる、人によって違うDNAの配列の差異です。ここに40人いらっしゃって、同じ病気にかかったとしても、その人の遺伝子情報の差異に従って、投与する薬品は違う。40人の方に与える薬が40種類ある。副作用の出方も40人が別々であり得る。これを遺伝子多型と言うのですが、それを明らかにする仕事が2000年4月から東京大学の医科学研究所を中心に日本でも始まりました。
 その人のゲノムの情報はICカード1枚の中に全部収まる。遺伝子を調べることによって、皆さんの病気のリスクが全部わかります。生まれたときには、例えば生活習慣病、糖尿病、高血圧、循環器系の疾患、呼吸器系の疾患、そういうものに患る確率がほとんどゼロに近い。だんだん年をとってくると、どんどん確率が上がってくる。不摂生な生活をすると、もっと早く上がってくる。環境とストレスが病気に影響します。われわれの体はものすごくストレスに敏感です。というのは、われわれの体は多くのホルモンによってコントロールされています。ところがストレスがかかると、バランスが崩れてくるのです。ストレスは非常に健康状態を悪くします。
 ですから、本来は60歳ぐらいまでは、高血圧で悩む必要のない人が40歳ぐらいで高血圧になったりします。典型的な例がガンです。ストレスはわれわれの体をものすごく狂わせる。非常に高いストレスを受けると、糖尿とか高血圧になります。
 最先端の言い方をしますと、病気は遺伝子の調節の仕組みがバランスを崩すことによって起こるということになります。遺伝子の調節の仕組みがバランスを崩すために、遺伝子によって作られる蛋白質の質あるいは量が変化して、病気が起こるということになります。ガンはその典型的な例です。ガンは全死亡率の33%ぐらいを占めます。ガンを抑えている遺伝子とガンを起こす遺伝子があります。ガンを起こす遺伝子の方が圧倒的に数は多いのですが、幸いにもガンを抑える遺伝子が16個ぐらいある。これが働いているうちはガンにならないのです。ところが、発ガン物質などでこれが変わってしまうのです。そうすると、ガンになる確率が相当高くなる。 われわれは毎日発ガン物質を吸い込んでいる一方、免疫機構が働いているわけです。
 発ガンは2ステップで進みます。最初はイニシエーション(起始)の物質が作用し、それからプロモーション(促進)の物質が作用してガン化が起きます。体のガン抑制遺伝子が元気なうちはなかなか発病しない。65歳ぐらいになって、ガン抑制遺伝子の働きに変化が起きてから発病する。そういう仕組みが全部遺伝子の上で読めるようになった。これが非常に大きな進歩です。

遺伝子治療

 遺伝子の異常が病気の原因となるのなら、その遺伝子を正常化して治療すればいいじゃないかという話が当然出てまいります。遺伝子治療がこれからどんどん大きなマーケットになるでしょう。幾つかの遺伝的な欠陥がある病気、生まれながらにして遺伝的な欠陥がある病気は、遺伝子治療で治す。ADA欠損症といって遺伝子治療で治しやすい代表的な病気があります。1つ遺伝子が欠けているために、生まれてすぐ死んでしまう病気です。外から遺伝子を補ってやると、普通に生活できるようになります。そこで 80年代になってガンを抑えている遺伝子をガン患者に加えたら、ガンが治るのではないかと言い出した人がいたのです。ガン抑制遺伝子を体の中に入れてしまう。そうすると、ガンが小康状態になる。末期ガンに対して、遺伝子治療をするという方向になってきました。
 1999年9月時点で、3千2百数10件の遺伝子治療が世界で行われています。そのうちの7割が末期ガンに対して行われている。その中には快方に向かう人がいるのです。あるいは退院して、通院できるような状態にまで体力が回復する人がいる。こういう難病の治療として今考えられているのは、ガンの治療とエイズの治療、もう1つは重度の糖尿病の治療に使えないかということで研究が進んでいます。この分野も、これから相当なマーケットが予想されます。

クローン

 これに関して大きな問題としてクローズアップされてきたのは、1匹の羊の子供です。この羊を生み出した研究者がアメリカのドリー・パットンという歌手のファンなのです。私もファンです。ロックバラードを歌わせると非常にうまい女性歌手ですが、その名前を取ってこの羊はドリーと名づけられました。6歳の羊の乳腺細胞から作られました。この羊は、われわれの体のどの細胞からでもわれわれのクローンを作ることが技術的には可能であることを証明したのです。
 私もこれには驚きました。私のやっております科学技術庁のライフサイエンスの技術予測委員会では、こういう体の一部の細胞から個体を作ることが可能になるのは2015年と予測していた。ところが、予測の時点より18年前に実現してしまったのです。
 これは次には羊の問題ではなくなってしまった。ドイツの雑誌がクローンは危険だと警告しています。ヒットラー、アインシュタインとマリリン・モンローの写真が表紙に出ています。要するに、人間のコピーを作ることができるということは、優秀な人間も作れるし、危険な人間も作れる。この技術は両刃の剣だということを警告しているわけです。ドリーを作ったウィルムット博士は英国下院議会に呼ばれて、あなたの技術を使ったらクローン人間はいつぐらいにできますかと聞かれて、1〜2年以内にできるでしょうと答えたものですから大騒ぎになりました。彼のところには毎日のようにファクスとかメールが飛び込んできて、いろんなのがあったそうです。私は昔は、美人だった。誰に言っても皆信用しない。私のクローンを作って証明してくれという人から、自分は息子を交通事故で失った。自分は閉経しているから子供ができない。自分の細胞からクローンを作ってくれとか、自分は精子がなくて子供を作れないから作ってくれ。いろんな話が飛び込んできたようであります。大変なクローンブームです。気味の悪い話ですが、頭の狂ったようなアメリカ人がメキシコでクローン・クリニックを作るということになったり、あるいはアメリカのカルト集団がすでにクローンを作るための実験を始めたとも言っております。いずれにしましても、確かにこれは危ないのです。危ない技術ですが、将来的には非常に役に立つ技術になる筈です。例えば、臓器を作ることはクローンによって可能になるだろうといわれております。

臓器移植

 さらに、胚性幹細胞をアメリカのジェロンというベンチャー企業が商業ベースで売り出すという話があります。この胚性幹細胞は、あらゆる器官・臓器になる能力を持った細胞です。この細胞から血液を作ったり、心臓の筋肉を作ったり、血管の内細胞を作ったり、いろんなことができる。こうなりますと臓器の再生も簡単にできる可能性がありまして、これをどうするのかという課題も出てきました。
 一方では、1代限りですけれども、いろんな動物の遺伝子を混ぜることによってキメラを作るぞという話も出てきました。ギリシャ神話に出てくるキメラは、顔はライオンで胴体は羊、尻尾が蛇という動物です。中国の故宮に行くと、立っている像はキメラばかりです。キメラという考え、クローンという考え方は昔からあったのです。西遊記の孫悟空は頭の毛を抜いて、ふっと吹くと分身がばっばっばと現れるでしょう、あれはクローンです。
 そのうち本当にフランケンシュタインが出てきます。顔も臓器も皆移植が可能です。心臓は豚なのだけれども、肝臓は牛だとか、顔の半分はいろいろな亡くなった人の皮膚を張り合せる。フランケンシュタインが実現するのは確実です。アメリカでは死んだすぐ後に、遺体を液体窒素の中に保存するというビジネスが結構流行っています。ものすごい数の遺体が保存されているのですが、クローンの技術を使えば将来は蘇生することができる。ただ、蘇生された人間そのものは本人かどうかわかりません。また新しい人間が生まれるに等しいわけですから。
 こういう技術が出てくると、オーダーメードの臓器ができる可能性がある。というのは、先程のES細胞(胚性幹細胞)は何にでもなる細胞です。それに予め拒絶反応を防ぐ遺伝子を入れておいて、神経細胞に成長させ、アルツハイマーで惚けた人にその神経を移植して惚けを治すということもできるようになります。心臓の一部がおかしいときには、ES細胞から作った筋肉を植込んで、心臓を正常にするということもできるでしょう。あるいは、血管内皮がおかしくなった場合に、ES細胞で作った血管内皮細胞を移植する。それから造血細胞を使って、血液もタンクの中で作れるという時代が来る可能性があります。
 再生組織工学という技術も進んできております。幹細胞を取りまして、軟骨にしたり、アキレス腱にしたり、あるいは骨細胞にしたりということが可能になると言われています。私も、将来所長になる予定の名古屋のファインセラミックセンターで、骨細胞の研究をやろうと考えています。例えば骨が折れます。通常ですと直るのに半年かかるのですが、幹細胞を入れてやるとすぐ修復され2〜3カ月で完治する。アキレス腱も同じです。
 さらに、先程ちょっと触れた、異種臓器移植ということが考えられています。これは例えば、豚から人間へ心臓移植をするということです。すでに豚の心臓を移植して欲しいという希望者はいっぱいいます。豚のウイルスが人間に感染して病気を起こさないということさえわかれば、後は時間の問題です。こういう異種臓器の人間への移植は進むだろうという気がします。
 豚がどうして選ばれるかというと、豚はわれわれと同じぐらいの大きさだからです。心臓の大きさは大体同じです。それから、豚は食糧用にわれわれが作り出した家畜です。これは材料に使っても、欧米では動物愛護協会から文句が出ないのです。そういう意味で、豚とか牛を臓器のドナーに使うのは非常に都合がいいのです。

遺伝子組み換え食品

 それから最後のトピックスは、否応無しにわれわれが食べている遺伝子組み換え食物です。例としては大豆があります。こういうものがどんどんマーケットに入ってきます。遺伝子が1つだけしか違いません。除草剤に耐えるような遺伝子が組み込まれています。グリフォサート(商品名ラウンドアップ)という世界的に使われている生分解性の環境に優しい除草剤があります。これを撒くと雑草だけが枯れて、除草剤耐性の遺伝子を組み込まれている大豆はこの除草剤では枯れないのです。
 ラウンドアップを撒くと雑草は全部死んでしまうけれども、大豆は遺伝子組み換えをされていて除草剤を分解してしまうので全然枯れない。皆さんが農業をやっていて、どちらを選ぶかと言われたら、こちらを選ぶわけです。アメリカは戦略的に食糧バイオは20世紀の水素爆弾以上の効果があると考えていますから、ものすごく力を入れています。これは大きなマーケットになります。

バイオビジネス

 バイオテクノロジーの話をしてきまして、どんな分野がこれから伸びるか、おわかりいただいたと思います。こういうバイオの分野の研究開発を積極的に進めているのは、アメリカのベンチャー企業です。私の友人でもあるロナルド・ケープはノーベル賞を受賞したPCRという遺伝子を増幅する方法の開発に関与して、シータスという会社を世界一の会社にして売ってしまいました。バイオの分野での成功者が書いた本を私が訳出しました。バイオテクノロジーを企業戦略としてどうやって進めていくか、資金調達から詳細に書いてある本です。このエッセンスだけご紹介します。

※『バイオテクノロジー 21世紀の企業戦略』
  編著:V・モーゼス&R・E・ケープ
  サイエンス・コミュニケーションズ・インターナショナル
  1995年3月発行 ISBN4-915929-00-0

 バイオテクノロジービジネスの第1の特徴はほかの技術と非常に違って、基礎的な研究をやっているとその最先端がすぐ商業化できることです。実験室の中で何か作って成功すると、その研究成果そのものが売れる世界です。開発研究はほとんど要らない。基礎研究が商業化に直結しているのがバイオビジネスの特徴です。
 第2の特徴は、長い基礎研究が必要であることです。アメリカではバイオ研究は平均7年の研究開発が必要です。これは普通の技術に比べて長いわけです。その代わり、成功すれば製品が出荷されすぐビジネスになる。小さなタンクでほそぼそ作りながらどんどん売れていくという分野です。大企業がすぐに参入することはありません。なぜならば、リスクが大き過ぎる。大企業が自分でやるとリスクが大きいから、資金を提供してベンチャー企業にやらせる。ベンチャー企業にやらせた場合には、失敗しても投資額の損で済んでしまう。ところが、自分で博士を何100人も雇い膨大な研究所を作っていては、失敗したからといってスタッフを首にすることはできないわけです。これが非常に大きな特徴です。ベンチャー企業はR&Dを大企業から受託してやっていたわけです。例えばあるアメリカのベンチャー企業は、何と年間25億円ぐらいの出資を大企業に仰いでいる。ベンチャー1社につき、そういう大企業が7社から15社ぐらいあります。大企業15社ぐらいと個別に契約を結んで資金を調達している。これが代表的な例です。成功すれば大企業は出資を回収します。アメリカのベンチャーの7割から8割は、株式公開までいかないのです。ベンチャー企業は成功したら大企業の一部分になってしまう。ここが非常にうまくできているわけです。
 次にバイオ産業の特徴ですが、製品開発の新しいアイデアに左右されるビジネスだということです。大概のアイデアは実際には製品化できなかったり、効果が出なかったり、買手が現れなかったり、あるいは競争に敗れたりする。非常にボツになるアイデアが多いのです。バイオ企業は開発に7年ぐらいかかるという話をしました。損益分岐点に達するのに8年〜10年かかります。普通の研究開発に比べると、損益分岐点に達するのが5年ぐらい長いわけです。さらに法的認可が必要な場合は10年ぐらいかかる。
 ご存じのように、新薬を1つ開発するのに現在1,500億円、10年〜15年間かかると言われています。製薬会社はどんどん合併してパイを大きくするか、ベンチャー企業にアウトソーシングするかしないと生き残れない。
 しかし新製品が本当のものになったら、成功は長続きする。大きな競争力を持っているのですから当たり前です。一発当てるとものすごい成功が、特許が切れるまでの20年間長続きする。生産量が多くなれば開発費は償却され、生産コストの減少に比例して収益が上がります。これがもう1つの特徴です。

ベンチャー企業の戦略的意思決定

 戦略上の意思決定ですが、まず資源、持っている資金を1つ、または1固まりの目標に集中投下する。会社の経営目標を短期と長期に分けて作る。それから具体的に治療薬でいくか診断薬でいくか、農業関連でいくか動物学でいくか、または一般消費者向けの製品を狙うかということを、経営者は決断する。最初のうちは製品など出てくるわけがないから、コントラクトリサーチ、すなわち大企業からの受託研究を中心において事業展開することを短期的な目標とする。長期的には総合会社を目標にして、株式公開まで漕ぎ着ける。こういう会社がアメリカにはいっぱいあるわけです。戦略上の意思決定は経営者の能力に依存します。
 バイオベンチャーのリスク要因はどんなものがあるか。発展段階のリスク要因は当然のこととして資金不足です。開発リスクがあります。技術力が不足している。マーケットリサーチが必要です。またバイオビジネスにはタイムリーな開発の必要性があります。今やらないと永遠にマーケットができないというタイムリーなものが数多くあります。それから予測できない特許の保護。どのぐらい特許を保護したらいいかということが予測できない。それから、皆狙っていることは同じですから競合が多い。また、製品や顧客への依存度が高い。製品が売れなかったらどうしようもないわけです。

ベンチャー企業の資金調達戦略

 資金はどうやって集めるかというと、バイオテクノロジーは非常に高度に資本集約型です。従って、1つのテーマに100万ドル以上の経費がかかる。しかもベンチャー企業は潜在能力はあるが、実績がない。投資家にとっては非常に見極めが厳しい。個人投資家のエンジェルにとっても、機関投資家のベンチャーキャピタルにとっても見極めが難しい。株式公開までいけば8割ぐらい成功したことになります。ベンチャーキャピタルの場合は比較的短期間で高い率の見返りを目指します。アメリカではベンチャーキャピタリストは、5年以内で投資価格を5倍〜10倍にすることが可能です。なぜかと言うと、スタートアップする時に配られる株は1株15セントとか10セントです。これが一旦株式公開になりますと、1株100ドル以上の値が付きます。800倍とか1,000倍になる。株価が10倍になるとすれば、10個に1個当たればいい。大体、株は100倍に上がりますから、経営者の目がしっかりしていれば難しくないです。そうしてベンチャーキャピタルが成り立ってくる。
 設立時はアイデアを出した技術者と企業の経営者は、資金をほとんど持っていない。そこにベンチャーキャピタルが可能性ありと判断すれば、シード・コーインベストメントといって種金を投資する。数10万ドルをまず獲得する。金を出すのは、ベンチャーキャピタルもありますし、エンジェルもあります。そしてCEOを選ぶのですが、この人選がものすごく難しい。成否はこの人選次第です。アメリカでは技術よりもCEOだと言うくらいです。
 ここで集めた数10万ドルは、設立から1年ぐらいでなくなります。そうすると、またさらにベンチャーキャピタルから出資を受けなければいけない。エンジェルとベンチャーキャピタルがシード・コーインベストメントを仲間同士で出す場合もあります。ようやく1年目ぐらいになってから、本格的なベンチャーキャピタル資金の受け入れを始める。そのためにはビジネスプランを出さなければいけない。7〜8年先に実用化するビジネスプランを詳細に書く。こうやって2年目にはここまでいって、3年目にはここまでいってというようなことを書いて金集めをするわけです。ベンチャーキャピタルとかエンジェルは、それをみながらこれは可能性が高いということで動いてくる。ビジネスプラン次第です。1株あたり17セントぐらいの株を、6年後には先行投資家がベンチャー企業の株の30%ぐらいを所有することになる。その企業のオーナーになるということです。
 2年〜3年経ちますと200万ドルぐらい、第2ラウンドの資金調達をいたします。この時点で株価は1株80セントぐらいに上がっています。ベンチャーキャピタリストは、6年後には25%ぐらいの株を所有することになる。リスクはここでは40%、成功の確率は6割ぐらいになる。5年〜6年目になると、株式を一般に公開する。ただし、今まで持っていた人の株は一般法人になるときの株に買い換えることができる。この時点で、1千万ドルぐらいの資金調達を行います。この頃、株価は1株5ドルぐらいに上がっている。法人の所有権の20%位をここで手に入れる。生き残る確率はここら辺で80%ぐらいになる。ということで、確実に金が集まってくるようになる。ここまでいくのが大変なのですが、最初に配る株はこういう転換優先株で、投資が失敗したときでも最小限の保護を保証して、特殊な状況下でこの株を発行者に買い戻させることができる。独自の取締役を選ぶとか普通株に変換できる。大体2倍とかそういう交換比率で、普通株に換える。こんなやり方をします。
 典型的な成功例は、アムジェンという会社です。今でも主な製品は2つしかないのですが、数百機の航空機を持っているユナイテッド・エアラインの10倍ぐらいの時価総額です。日本ではキリンと山之内製薬が投資をしております。ベンチャーキャピタリストが4名、それから大学関係者及び石油採掘会社の社長らが10名ぐらい参加して80年8月に設立しました。サルサー教授という代表的な教授が中心になって科学諮問委員会を作って、委員は1株25セントで1,200株を貰った。80年10月〜81年2月ぐらいまでの間に公開メモランダム、先程のビジネスプランによって医薬品・診断薬の会社のアボットとかトスコ、銀行等から800万ドルぐらいの金を集める。81年3月〜82年3月頃1年間かけて組織を巨大化してくる。100人ぐらいの研究者を集めて、研究所もコロラドとパラルートのあたりとサンフランシスコあたりに3つ作って、研究の充実を図る。83年7月には230万ドル集める。ここで株式を公開する。その5年後にはエリスロポエチンを開発して、ヨーロッパで認可されて売り出す。89年にはアメリカFDA(食品医薬品局)でもこのエリスロポエチンが認可される。15カ国で認可される。と同時に、顆粒球コロニー刺激因子を商品化して完全に軌道に乗せる。
 これをみますと、大体予想通り商品化に8年ぐらいかかっています。この商品の競争力が強いのです。エリスロポエチンも顆粒球コロニー刺激因子も、血液透析患者は必ず使います。人工腎臓で血液透析をしている人は日本だけでも何 10万人といます。手術をした後も引き続き造血作用に使いますから、膨大に売れるのです。この2つの製品の開発は大成功でした。まさに一発当たることの好事例です。こういう成功物語がアメリカには数多くあります。
 IT分野ではビル・ゲイツが典型的な例です。彼の年収は76兆円ぐらいです。日本の国家予算と同じです。アメリカで大学の安月給でよくやっているねと言うと、俺はあしたのビル・ゲイツと皆言うわけです。そういう夢を見て、学生と共に一生懸命研究しているわけです。アメリカには夢、アメリカンドリームがいつまでも残っているのですね。

ベンチャーキャピタル

 私もアメリカで3万2千ドルばかり投資をしています。5年間で倍になるという投資です。この間、アメリカの大学のマイクロエレクトロニクスセンター出身の友達と一緒に食事をしました。カリフォルニアのベンチャー企業に3万2千ドル投資して5年間で倍のリターンだと言うと、効率が悪いぞ、俺だったら5年間で3倍にするというのです。それがハイリスク・ハイリターンです。
 先程言いましたように、ベンチャーキャピタルは5年で5倍〜10倍を稼ぐわけです。リスクが高いけれども、10社〜20社に1社成功すればちゃんと成り立ちます。ですから、いかに目利きをして投資をするかということが大切です。アメリカでは大企業が投資するのではなくて、投資家が投資をする。なぜかと言うと、大企業はリスクの大きい投資はできないのです。大企業は4半期ごとに、株主に報告しなければいけません。そんなリスクの大きい投資をしたら、株主から総すかんを食うわけです。ですから、どうしてもエンジェルという個人投資家がベンチャーキャピタルになってくるわけです。
 バイオベンチャーは投資家に大きな見返りを確信させるために、成長の潜在的な可能性を示して資金を調達している。投資家はバイオテクノロジー産業の長期的な発展の可能性を信じ続けている。こうした事情を背景に、1,300社ものベンチャー企業が成り立っているのです。低金利の資金調達があってはじめて、ベンチャー企業はうまく生き残ることができるわけです。

ベンチャーの人材戦略

 人材ですが、これも非常に大事な要因です。ベンチャー企業は人材次第であると言われます。バイオ技術は非常に広い分野をカバーしなければいけない。私の場合には、エレクトロニクス、バイオと材料、この3つのバックグラウンドがないと精査できないです。逆に言うと、バイオの技術には本当の専門家はいない。分子生物学、蛋白質化学、細胞生物学、分離工学までいろんな分野の能力が必要です。それ以外にも販売、製造、法律、広報、計算機、会計などの専門家が必要です。人材を集めるにはインセンティブが重要です。専門分野のスキルを生かせる、大学の5倍ぐらい高額の給料が出せる、年金もいいぞ、あるいは生命保険とか医療保険全部を会社が負担するという話をして、大学の先生を勧誘するのです。しかし何といっても1番魅力的なのは、ストックオプションです。これが圧倒的に魅力で、自分の会社が成功して株価が上がれば、それに応じて収入を与えますという仕組みです。大会社の社長などは皆そうです。例えば、GEのウェルチ会長は20世紀最大の経営者と言われていますが、彼の収入の90%はストックオプションから得るものです。彼は業績を上げざるを得ない。それが非常に競争的に働いて、ストックオプションで人材を集めることができる。

ベンチャーの組織運営

 バイオベンチャーの組織の構築と運営についてお話しますと、出発点の研究会社、先程言いましたコントラクトリサーチ、受託研究を受ける会社から自分の製品を製造販売するような総合企業まで成長するためには、構造を次々に変えていかないといけない。最終的に株式公開して総合会社になるのです。アメリカにはベンチャー企業から出発して総合会社になった企業が何10社とあります。IT関連では、皆さんよくご存知のヤフー、シスコシステムズとかマイクロソフト等、数え上げれば切りがないほどあります。デルコンピュータもそうです。これもビジネスモデルが成功して、今やアメリカのコンピューターの売り上げナンバーワン、日本では2番だそうです。こういう会社は次々に時代に応じて組織を改編しながら、いろんな商品を扱っています。
 もう1つ大事なのは、バイオというと皆非常に危ながるから、外部環境を大事にすることが重要です。
 バイオはデリケートなものですから、経営者は外部関係者と密接な相互関係を結び、その価値を認め、理解してもらうことが重要です。経営者の仕事の半分は、外部関係者との調整に使われると言われるぐらいです。自分の会社は社会に奉仕するのだ、こういう製品を作って医学の進歩に貢献したり、医療の質を向上させるのだという説明をしなければいけない。そのために会社が実際何をやっているかということを説明する。企業も社会の一員であることを強調することが必要です。

バイオビジネスの可能性

 アメリカのバイオベンチャーの例を説明しました。日本ではほとんど例がありませんので、アメリカの例を紹介してきましたが、実はバイオは最もベンチャー企業向きなのです。なぜかと言うと、研究からすぐ製品開発に入れる。リサーチがほとんど必要ないのです。開発研究がなくて済む。これがベンチャー企業向きである理由です。これからは、日本のベンチャー企業もまずコントラクトリサーチを中心にやるようになるのではないでしょうか。次いで研究開発会社に発展して行く。そうすると、非常に大きなバイオビジネスを成功させられるのではないか。
 われわれも今、ベンチャー企業を興そうと努力しています。大学も遅ればせながら、ベンチャー企業育成に目を向け始めています。私も東京大学に5,000uのベンチャーのインキュベーター施設が欲しいと概算要求しています。いずれそういう施設ができて、大学の中から学生がベンチャー企業を興していくという事例が出てくるのではないか。東京大学の学生の意識も変わってきています。私の研究室にも何人かベンチャー企業をやりたいという学生がいます。アメリカでは、ハーバードとMIT、これは両巨頭ですね。エンジニアリングはMITで、ハーバードは一般的な総合大学、どちらかと言うと東京大学のような大学ですが、ここのトップクラス2〜3割の学生はベンチャー企業にいっています。近年3年ほどずっとその傾向が続いていて、トップは皆ベンチャー企業に行く。修業して何年か経つと、スピンアウトして自分のベンチャー企業を興します。私はMITの学生を東京大学へ受け入れるお世話をしてるものですから、特にMITの学生とは年5回ぐらい日本で会って、食事をしたりするのですが、いつも彼らが言うのは、トップクラスほどベンチャー企業に行く。大学には残らない。トップクラス程出来の良くない学生が、伝統的な大手企業に行く。どうも日本とは逆の現象があるようです。
 アメリカ経済を下支えしているのはベンチャー企業です。アメリカではベンチャー企業で約30万人が雇用されています。大学発のベンチャーだけで30万人ぐらいを雇用している。そのマーケットが4.4兆円ぐらい。ベンチャー企業でも大企業はこの中に入っていません。80年代の大きな不況から出た膨大な失業者は、バイオとITベンチャー企業が吸収しているのです。日本もこれからベンチャー企業を興していかないと、継続した発展は難しいのではないか。ベンチャーを興すのなら、バイオとITがいいということは非常にはっきりしています。ナノテクもいいのですが、ナノテクはビジネスになりにくい。ナノテクは産業化が非常に難しいのです。体の中にロボットを入れて治療するなど、実用化するのに10年ないし15年もかかってしまいます。その意味ではバイオとITが圧倒的にビジネスチャンスを生むというのは間違いないようです。
                                      以 上
 

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